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3月議会について

 投稿者:hanamaru  投稿日:2012年 2月22日(水)02時40分46秒
  もし出来れば、また3月の議会も拝見できればと思っております。
時間が決まりましたら、ここで教えていただけましたら幸いです。

前総理の菅さんにツッコミを入れるとは、流石ですね!
福島よりも徳島の話・・・流石です。参りました。

季節・年度の変わり目でお忙しいと思いますが、
これからもお体を大切にがんばってください。
 
 

民主的なルール作り

 投稿者:はせひら耕三  投稿日:2012年 2月10日(金)13時07分45秒
   貴重なご意見ありがとうございます。PTAを無くすのが目的ではない・・・まさに同じ気持ちです。出産・育児の不安要因にならないような組織にしたい・・・まさに同感です。

 ご提案の件は、まさにわが意を得たりという所なのですが、20年という時間はちょっと長すぎる思います。また、教員は、ここ数年、管理主義に中で苦しんでおいて、なかなか本音が言えなくて、その傾向は、今後もますます強くなると考えています。

 そこで、僕が主張しているのは、アメリカやヨーロッパのようなPTCAです。現役の親や教師だけではなく、PTA活動をもっと、子供や親や地域がひとつとなって楽しめる場にしたいと考ていて、OBでもあるとまて様のような人が参加することにより、より民主的な組織に変わるのではないかと考えています。

 実は、僕は、会員の努力が必要だと言っているのは、何も突き放しているわけではありません。僕はPTAが門戸を広げれば、いつでも参加する気持ちはあります。子供たちは参加しているのに親がほとんどこない、キックベース・凧揚げ・清掃活動・サマーキャンプ・盆踊り・お祭り等、ほとんどに参加しているので、一緒に考えたほうが、早いと感じています。

 親や教員が、なかなか自由にものを言えないのは理解しているつもりです。客観的に見れる人やOBが適切なアドバイスをすれば、より民主的な運営になるし、少しは負担を減らすこともできると考えています。今、羽村市では、放課後子どもクラブが設置されていますが、そこで指導する人なども、積極的にPTAに入っていただくことが重要だと考えています。地域には、優れた人材がたくさんいます。その力を借りることも重要なのではないかと考えています。

 もうひとつ提案したいのが私立のPTAのありかたです。私立と比較して、何故、こうも公立のPTA活動の負担が大きいのかをもう一度考える必要があると思います。ひとつは、学校以外の行事などが多すぎる、もうひとつは私立の場合は、PTA活動に参加していただきている皆様に、かなり感謝して様々なサービスを行っているからではないかと考えています。

 そこで、公立でも、PTAは学校の行事だけを行い、ほかの行事などについては、原則参加する親と地域の協力で、できる範囲の中でやっていく形に変えるべきだと考えています。こうした変化は、今後、自然と出てくると思います。

 こしたひとつひとつを実践する中で、学校ごとにはその取り組みが遅れている所や進んでいるところが当然、出てくると思いますが、その次の段階として、学校を自由に選択できるようにすることも重要だと考えています。自分で選ぶ中で、親や子供も責任が生まれるのではないかと考えています。(学校選択制については様々な問題点があることも理解しているつもりですが・・・)
 

会員でないからこそできること…

 投稿者:とまて  投稿日:2012年 2月10日(金)11時35分51秒
   馳平さま、返信をありがとうございます。また、BBSの継続を決められたとのこと、市外の人間にも開放してくださっていることに感謝申しあげます。

 実は、自分は、既にPTAを卒業した世代です。「公立小中学校に子供が通学していない今だからこそ、動けることが有る。」と感じております。本当は、馳平議員のおっしゃるように、“「非民主的な会議の運営になっている」とすれば、それを変えることができるのは、その会員の努力”であってほしいのですが、PTAに属しているのは保護者だけでなく、教員もいらっしゃいます。“非民主的と思える会議の方法”を教員が肯定もしくは黙認している状態で、中からの改善の努力というのは、現役の保護者にとって結構ハードルの高いことだと思います。

 市議会で、議会改革などを通じて民主的な運営を目指していらっしゃることに、感動を覚えます。一方、そのノウハウの蓄積は、市民の血税などの賜物とも考えられます。どうか、民主的な会議の仕方・基本的な考え方などを、学校の教員・教員の卵・また現役の小中学生に伝える方向をお考えになっていただけたらと存じます。
 今現在は、ところにより、PTAが“民主主義を諦める修行の場”になってしまっている場合も無きにしも非ずです。(もちろんちゃんと、民主主義の実習の場になっているPTAもあると思いますが。)

 文部省による、『小学校「父母と先生の会」(PTA)第二次参考規約[1954]』http://kohoken.s5.pf-x.net/cgi-bin/folio.cgi?index=sch&query=/notice/19540204.txtの、備考欄にある、『PTAが民立団体である限り、会員になることも、会員に止まることも自覚に基づく個人個人の由由であって、いささかも強制があってはならない。』を、今の中学3年生に知らせることができれば、彼らが保護者や中堅の教員になる約20年後には、民主的会議が成立しないPTAは淘汰しやすくなることでしょう。PTAを無くすのが目的でなく、PTAを出産・育児の不安要因では無い組織にすることが目的です。既に60年間続いている歴史有る組織なのに、この現状なのです。

http://pta.my-sv.net/signature_activity/index.html

 

勉強になりました。

 投稿者:はせひら耕三  投稿日:2012年 2月 7日(火)22時47分45秒
  勉強になりました。ありがとうございます。高校の近くに四天王寺がありよく行きました。僕にとって身近な存在が太子です。法隆寺も最も好きなお寺の一つです。久しぶりに斑鳩にも行きたくなりました。それにしても、前の5千円札・1万円札のほうが品がありましたよね! お札が変わってから、なんか日本経済がパッとしないと感じているのは僕だけでしょうか? そういえば、ユーロもお札がぱっとしないですよね。円もユーロも太子でどうでしょうか?  

十七条の憲法

 投稿者:東海地方  投稿日:2012年 2月 7日(火)20時02分40秒
  いきなりの投稿にお答えいただきありがとうございます。
ここで言いたかったのは「和を以って貴し」の解釈を私も誤っていたのではないかいうことでした。決してその場を丸く納めようという考えではなく、仰られるように人それぞれなのでしっかりと意見を言い合おうという考えではないかと思いまして書きこみました。その理由が10条と17条に書かれているのだと思います。太子も皆凡夫と言っていますから上から目線ではないと私は解釈しています。ありがとうございました。
 

17条の憲法

 投稿者:はせひら耕三  投稿日:2012年 2月 7日(火)10時54分56秒
  ご投稿ありがとうございます。17条の憲法の10条僕も好きです。学校の教科書には、1条、2条ぐらいしか掲載されてないのを残念に思っていました。ただ、「ここをもって」からの一文は、僕の考えとは異なります。人それぞれだから、別に従わなくても良いのではないかという考えです。太子は憤るでしょうか?


 十に曰わく、忿(こころのいかり)を絶ち瞋(おもてのいかり)を棄(す)て、人の違(たが)うを怒らざれ。人みな心あり、心おのおの執(と)るところあり。彼是(ぜ)とすれば則ちわれは非とす。われ是とすれば則ち彼は非とす。われ必ず聖なるにあらず。彼必ず愚なるにあらず。共にこれ凡夫(ぼんぷ)のみ。是非の理(ことわり)なんぞよく定むべき。相共に賢愚なること鐶(みみがね)の端(はし)なきがごとし。ここをもって、かの人瞋(いか)ると雖(いえど)も、かえってわが失(あやまち)を恐れよ。われ独(ひと)り得たりと雖も、衆に従いて同じく挙(おこな)え。

(現代語訳) 十にいう。心の中の憤りをなくし、憤りを表情に出さぬようにし、他の人が自分と異なったことをしても怒ってはならない。人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。相手がこれこそといっても自分は良くないと思うし、自分がこれこそと思っても相手は良くないとする。自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだというわけではない。皆ともに凡人なのだ。そもそもこれが良いとか良くないとか、誰が定めうるのだろう。お互い誰も賢くもあり愚かでもある。それは耳輪には端がないようなものだ。こういうわけで、相手が憤っていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかとおそれなさい。自分ではこれだと思っても、みんなの意見に従って行動しなさい。

 僕は、人や人の行為にあまり憤ることはありません。自分の意見だけが正しいとは全く考えていませんし、他人に嫉妬することもありません。多様性を認めるという上から目線ではなく、人それぞれだと考えています。今は、徐々に民主的な議論が感情論や正義論の下に、封殺されてきているような気がしてなりません。自分だけが正しいかのように暴論を繰り返すテレビのコメンテーターや司会者に辟易する毎日です。
 

和を以って貴しと為す

 投稿者:東海地方  投稿日:2012年 2月 3日(金)12時38分2秒
  突然の書き込み失礼いたします。

和を以って貴しとし・・・
私自身も少し前までそう思っていました。十七条憲法の第1条だけを読めばそのとおりなのですが、第10条と第17条にその真意が書かれているとの解釈があるようです。第10条で人間は皆、心をもっている。人間の思いは人それぞれ違う、皆同じ凡夫(平凡な人)であると言っていて、人の多様性を認めています。そして第17条で、もう一度第1条を繰り返し、物事を決めるときは独断ではいけない。必ず多くの人の意見を聞き論じ合うべきだ。少事は必ずしも衆と論じ合う必要はないが、大事は多くの人に相談して意見を聞くべきである。そうすることで理を得ることができる。と書かれています。
 和を以って貴し・・・一人ひとりを認め、上下の隔てなくしっかりと話し合えば道理が開け、どんなことも成就できるだろう。
民主主義の原理を述べているように思います。がその他の条文では天皇制について書かれていますし、一般向けというより官吏に対してなので、矛盾していますが、この考えを第1条と第17条に持ってきているところに聖徳太子の強い思いがあるように感じます。
 

民主的な会議運営と掲示板のあり方

 投稿者:はせひら耕三  投稿日:2012年 1月31日(火)11時44分53秒
  >>とまて様

 ご質問ありがとうございます。民主的な会議の進め方についての質問だと思います。まず、日本の会議のありかたについて、つねづね疑問に思うことのひとつが、主催者が極力予定調和的に終わらせようとすることです。株主総会しかり、日本記者クラブしかり、各種シンポジウムしかり、町内会の総会に至るまで、面倒な議論や採決は避けて、みんなが賛同したという形にこだわりすぎているような気がします。

 勿論、他の意見を一切許さない独裁主義や一部の非民主国家よりはましだとは思いますが、「和をもって尊しとなせ」の聖徳太子の言葉にあるように、極力対立関係や仰るように後々人間関係に支障をきたさないような会議の進め方が伝統的に根付いているような気がします。集まった意味あるのかな~と思うような会議がなんと多いかと思います。

 さて、そのうえで、PTAについてですが、僕はPTAの会員じゃないので、どのような会議の進め方になっているかよくわからないので、軽々に口をはさむ立場にないと考えていますが、もし仮に、仰るように「非民主的な会議の運営になっている」とすれば、それを変えることができるのは、その会員の努力にほかなりません。議会にも会議規則があり、その運営のあり方について決まりを作りそれに沿って運営していますが、議会改革などを通じて自分たちで規則を見直してきました。まだまだ、発展途上の部分もありますが、今後も変えていく努力をしたいと考えています。答えになってますか?

>>ヒロミ、落合様

 仰ることはよくわかります。僕も同感です。ご紹介いただいた新聞記事は非常に素晴らしい内容の記事だと思います。英断で、PTA改革に尽力されている会長に頭が下がります。僕は、PTAの会員資格はないので何もできませんが、もし内部にいたら同じような行動をしていたと思います。

 さて、掲示板のありかたについて、あれこれ悩みましたが、今後も続けることにしました。貴重なご意見や勉強になることも多く、皆さんにも知っていただきたい内容もたくさんあるからです。反面、この掲示板の内容で傷ついたという皆様のご意見に非常に申し訳なく感じています。今後は、個人が特定されるような記述(個人名があるだけでなく、○○様でも読む人が見れば誰のことかわかるものも含む)については、投稿者の許可なくても、僕の判断で削除することをご理解いただきたいと考えています。今後ともよろしくお願いします。
 

多数決の方法にも問題がある場合も

 投稿者:とまて  投稿日:2012年 1月31日(火)10時32分20秒
   市議会議員の方のBBSにPTA問題が多数を占めるというのも変かな?と思って書き込むのをしばらく控えさせていただいておりましたが、少し、意見を書かせてくださいませ。
馳平議員は、教育に長年関わっていらしたと思います。子供たちに何かの判断をさせるとき、充分な話し合いや、正しい採決の仕方など民主的な会議の進め方がキチンと教えられているとお考えになられますか?
 私は、既に、学校という場でも不十分なんじゃないかと感じているのですが、更に、PTAに入ると、圧倒的に民主的な話し合いや採決のやり方とかけ離れていくことを感じました。
 例えば、「沈黙している人は、会長や校長の意見に賛同」したものと看做して、採決すること無く会議を進めてしまう。これでは単に会長・校長の意見伝達式であって、会議とは呼べません。
 また、採決をする際は、無記名投票にするか、挙手投票にするかの判断が必要ですが、PTA役員会などの少人数で1年間というような付き合いが必要なグループでは、後々の人間関係を複雑化させないためには、無記名投票を選ぶのが適当なのではないかと思うこともあります。現に、「どうしてあの時反対したのよ!」と、蔭で反対者に詰め寄った副会長を知っています。

 PTAには、大勢の大人が関わる組織であり、また、学校という場を利用していますから、ここで行われていることは、良いことであるように無批判に受け入れてしまう人も多いかと思います。つまり、非民主的なPTA運営が続けば、この国の民主主義の進歩も遅れてしまう。そのくらい影響力のあるものだと感じております。

 『数の理論』っていったいなに?と、しばらく意味が取れずにおりましたが、多数決のことなんですか?多数決が無いよりはマシですが、「『PTAは入退会の自由』という事実を、周知すべきですか?」と、PTA会員全員に対して決を採ると良いんじゃないでしょうか?何しろ、周知しないと採決できないという、とても面白いパラドックスだと思います。

 なお、私も、ヒロミ.落合さんと同様、“多数決がいつも正解”ということは有り得ない、ということは意識すべきと思います。多数決で決まったことでも、いつでも柔軟に見直し、必要であれば修正を加えていく覚悟を持つ必要があると思います。後で振り返って「少数意見の方がベターだった。」とか、「話し合うための前提資料の選定が間違っていた。」ということも充分有り得るでしょう。

 市議会も、そのように運営されていると思うのですが。
 

不愉快というよりも…

 投稿者:ヒロミ.落合  投稿日:2012年 1月15日(日)11時07分7秒
  私は、市教委事務局職員の対応・発言や、某PTA執行部の対応・発言などを、投稿された記事で読んで、『市教委の事務職員も、某PTAの執行部も、実にナサケナイ!』と思いました。
不愉快というよりもナサケナサに呆れる感じでした。
「数の論理」と「間違い」には相関関係など無い、とも思いました。
「朝日は西から昇ります!」と言い張る方々が大多数であろうと、間違いは間違いです。

ところで、朝日新聞のサイトで、PTAについて、
  ■「入退会は自由」周知の動き
という見出しの記事の出だし部分が読めます。
  PTAの次期役員を選ぶ時期が近づいてきました。
  気をもむ保護者も少なくないでしょう。
  本来、PTAは任意加入の団体。
  その原則に立ち返り、自由な入退会を周知する動きが出始めて…
と書かれています。
今日の新聞記事のようです。
   http://digital.asahi.com/20120115/pages/life.html

やはり「数の論理」と「間違い」には相関関係など無いような気がしました。
 

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