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天守閣の小夜姫つづき
投稿者:
龍3
投稿日:2003年 7月16日(水)13時32分11秒
第六話 沙世姫の秘密
その2
書院造(しょいんづくり)の床の間を背にして座り、沙世姫はまっすぐに由紀之丞を見ている。髪にも服装にも一筋の乱れもないが、顔色は青ざめていた。由紀之丞は胸に痛みを覚える。
「小姓を務める、唐沢由紀之丞と申します」
「おまえは・・・昨日、お城に入る前に、道で警護をしてくれていましたね?」
沙世姫が自分を覚えていてくれたことが、由紀之丞には嬉しかった。
「はい!しかし・・・あのおりも、無礼なことがありました上に、昨夜は大変な事態が起きて、沙世姫様にはさぞかしお心を悩ませておられるかと存じます」
由利江がいぶかしげにつぶやく。
「はて・・・?そなた、昨夜のことを存知おるか?関根どのは固く秘すと・・・」
「私は、沙世姫様のお食事をお毒見した関根秋太郎の、弟にございます」
由利江の顔に驚きの色が浮かんだが、沙世姫は深くうなづいて微笑した。
「ええ、秋太郎に会ったときに、わかりました。魂の炎の色がよう似ています」
「姫様!」
由利江が叱責するが、沙世姫は相手にしない。魂の炎?と首を傾げかけた由紀之丞も、気を取り直して言上する。
「それで、沙世姫様に置かれましては、ご気分が優れぬとお聞きし、本日のご対面が延期されるやもしれぬとのことで、わが殿上総介様がご心配されております。お加減はいかがでござりましょうや?」
沙世姫が眉をしかめた。
「わたくしは、気分が悪いなどと告げた覚えはありません」
由利江が嘆息する。
「それは、そちらの奥向きのほうから、上総介様のもとに、勝手に伝えられたのございましょう。まったくなんたる仕打ちでしょうか、食事には毒、入浴の用意はおろか、洗面の水さえも来ず、三崎家は姫様をいったいなんと心得て・・・」
その時、沙世姫の顔に、激しい緊張の色が浮かぶと同時に、襖を隔てたかなり遠くで、物音が起こった。その音は連続し、次第に近づいてくる。
由紀之丞は、それが、沙世姫の居室に向かって、途中の部屋の襖を乱暴に開け放っている音だと気づいて立ちあがった。同時に沙世姫も立ち、由紀之丞の背に身を寄せて叫ぶ。
「三人、来ます!わたくしに害意を持つ者が!」
叩きつける襖の音、荒々しい足音から、それは由紀之丞にも感じられた。
「狼藉者!!控えろ、ここをなんと心得る!」
高く叫ぶ由紀之丞の声に、返答はない。礼儀どおりに玄関に大刀を預けていた由紀之丞は、脇差しの柄に右手を掛け、腰を落として迎撃の姿勢を作りながら、沙世姫を背にかばう。
ついに足音はすぐ前の襖にまで迫った。咄嗟に由紀之丞は畳を膝で摺るような低い体勢で突進する。そして、襖が開いた瞬間、脇差を抜き撃った。
「ぐあっ!!」
絶叫が上がり、一人の武士が前のめりに倒れこむ。由紀之丞に膝下を薙ぎ斬られたのだ。骨の半ばに達する痛手にのた打ち回る男は、顔を黒い布で包み、右手には大刀を抜き身で持っている。
すばやく後退し、沙世姫を守りながら、由紀之丞は、倒れた敵の後ろに、やはり覆面をした二人を見つけ、右片手半身で脇差を構える
大刀を右八双にかざした武士が、覆面から覗く血走った目で沙世姫を睨みつけ、次に由紀之丞を見て、獰猛に叫ぶ。
「小姓・唐沢由紀之丞と沙世姫様の不義密通の現場、この目で確かめ申した。この場で二人とも討ち果たす!」
「なんと無体なことを!」
由利江が絶叫する。だが、由紀之丞は、刺客に向かって、不敵にも笑った。
「何たる不心得だ。襖を手で開けて侵入してきたな。体当たりで破ってくぐるのが兵法の常道だ。出直してまいれ」
「小僧が生意気な!」
倒された一人が邪魔になり、二人並んでは部屋に入ってこれない。八双の構えをした武士が、先に突進しようとした。その機先を制し、由紀之丞が果敢に突っ込む。八双の構えから袈裟斬りに来た大刀が、鴨居に食い込んで止まった。同時に由紀之丞は、動きの取れない敵の両手首に斬りつけていた。
編集済
天守閣の小夜姫つづき
投稿者:
龍3
投稿日:2003年 7月16日(水)01時12分16秒
第六話 沙世姫の秘密
その一
御守殿玄関を守っていたのは、関根佳太夫が手配した者たちで、由紀之丞にも顔見知りの大番組士(おおばんくみし)二人だ。由紀之丞の顔を見るなり、緊張していた顔に安堵の色が走る。
「関根・・・いや、唐沢由紀之丞どのでしたか。いや、まったく難儀しており申す。江戸から来た剣術自慢らしい者どもが、御守殿を囲んで威嚇しておるのです」
「われら番士の交代にも嫌がらせしてくる始末で、奥女中もやってこれない有様です。沙世姫様はまだ朝食どころか洗面にもお困りで」
由紀之丞は唇を噛んだ。沙世姫付きの奥女中が何人も決められていたはずだが、差配は美香の方が把握している。嫌がらせをしようと思えば、あまりにたやすい。
「食事の方は、御殿から運ぶのでなく、ここで煮炊きをするように決めたのだろう?」
「はい、今朝方、関根ご家老からその指示があり、材料も届きましたが、いかんせんここには井戸がござらぬ。水が」
途方にくれた様子の番士に、由紀之丞は歯噛みする。
「機転の利かぬ話だな。ならば、人数を出せ。無理にでも御殿の井戸から水を汲んで来るのだ。今、御守殿を守る番士、中間(ちゅうげん)は全部で何人だ?」
「侍は表にわれら二人、裏に二人、武者溜りに三人でござる。台所に包丁役の料理人が一人、下使いが二人で、中間はおりませぬ。本来、御守伝の用は、雑用も含め奥女中がするはずなので」
「その奥女中は何人いる?あまり気配がないが」
「由利江どのというご老女が、なにもかもたった一人でなさっておられます」
由紀之丞は唖然とする。大勢の奥女中にかしずかれて、不自由なく過ごしているものとばかり信じていたのだ。
「なんたることだ!水とともに、奥女中を御殿から連れてこねば!」
由紀之丞は憤然としながら、武者溜りの侍三人を引き連れ、御殿にとって返した。持てる限りの水桶を侍三人に探させ、井戸から水を汲み上げさせる。そして、設楽に代わって沙世姫お世話役に任じられたという吉田監物を呼び出し、奥女中の手配の不備を詰問した。
「監物どの、そもそもお世話役がなぜ、御守殿に詰めておられぬのですか?」
「いや、まずは奥のしきたりや心得を美香の方様から伺わぬと・・・」
ぐずぐず言い訳する監物は、由紀之丞よりも三十歳は歳が上だろう。だが由紀之丞は怒りに任せて言葉を浴びせる。
「手抜かりにもほどがありまする。姫様付きの奥女中を即刻手配していただきたい。さもなくば重大な落ち度として、殿にご報告申し上げるほかはありませぬ」
「しばし、しばしのご猶予を。すぐさま奥女中は差し向けるようにいたします」
面罵された吉田監物が、白髪交じりの頭を下げ、屈辱に顔をゆがめて引き下がる後ろから、花房万阿が進み出て、由紀之丞に言った。
「沙世姫様のお世話として、とりあえずわたくしが参ります」
由紀之丞は、万阿を見つめ、深くうなづいて、付いてくるように促した。
万阿は先に、沙世姫の居室へと入り、由紀之丞は控えの間で待っている。やがて、老女の由利江らしい声で思いもかけぬ言葉が掛かった。
「お小姓どの、お入りなされませ。姫様がじきじきにお話をされます」
「そ、それは、あまりに恐れ多いことです!ご老女にお話を伺うだけで・・・」
「かまいません、はよう入るがいい!」
凛として響いたその瑞々しい声は、昨日耳にした沙世姫のものに紛れもない。由紀之丞は、夢を見ているような気分で、襖を押し開けた。
編集済
ラストシュート!&天守閣感想
投稿者:
miyamo
投稿日:2003年 7月15日(火)20時51分3秒
>龍3様
>「とほつひと まつらさよひめ つまごひに ひれふりしより おへるやまのな」
間違いなく、この和歌がこの物語の上で大きな意味を持ってくると思われるのですが、いったいどういう意味?沙世姫とおさよの関係に深く関わってくるのでしょうか?次回以降も楽しみにしております。
>Daisy様
第2回「ハーフタイム」読ませて頂きました。まぁはチームの士気をあげるためにサヨコの名前を出し、玲はそのことに不安を覚えているようですが、なぜ玲がそう思うのか?今後の展開が気になります。
話とは直接関係ありませんが、数ある外伝の中でもバスケの試合については多くを語られてはいません。それは、バスケを詳しく語れる人でないと書けないからだと思うのです。
これは私の憶測でしかありませんが、Daisyはバスケ経験者ですね?(はずしてたらごめんなさい。)じゃないと、あそこまでリアルにはバスケの様子を書けないと思いまして。
とにかく、生き生きして、読んでる方も元気になる、そんな作品ですね。これからも、頑張って書いてください。
天守閣の小夜姫つづき
投稿者:
龍3
投稿日:2003年 7月14日(月)13時52分25秒
第五話 不思議な和歌
その四
御殿に上り、宿直番から引継ぎを受けた由紀之丞は主君・上総介の前に出る。洗面に入浴まで済ませていた上総介は、色白い肌を上気させていたが、その表情はやや曇っていた。
「沙世姫との対面が、明日になるかもしれぬぞ、由紀之丞」
「今、引継ぎでお聞きしたところです。予定では今日がご対面、明日が能楽見物、明後日には浜遊び、そして一日置いて江戸に沙世姫様と松次郎ぎみがそろってご出立、でしたが」
「奥からの連絡では、姫の気分が優れぬからだというが、なにかはっきりしないもの言いだった。由紀之丞、予の名代として、姫の容態を見舞って参れ」
「はっ!承りました」
平伏した由紀之丞に、上総介は微笑する。四十歳を越えてやや太ってきたが、整った容貌には若々しい好奇心が溢れている。
「美形と噂の高い姫じゃ。一刻も早く顔が見たいわ。焦らすなと伝えよ」
西浜城は、丘に建てられた平山城(ひらやまじろ)で、丘の頂に天守閣があり、それを囲む本丸と、麓の湿地帯を堀にした二の郭(くるわ)三の郭とで構成されている。丘といっても海からの高さが五間(ごけん=約10メートル)といった程度であり、天守閣は三層四階のこじんまりとしたもの。本丸を円形に囲って、東側を二の郭と称し、藩の政務庁舎と藩校・円亜堂がある。そして西側の三の郭が藩主・三崎家の御殿であった。
御殿は藩主の住居である「中奥」を中心に、御国御前・美香の方が宰領する「奥向き」と、家臣や来客と対面したり、宴を行う大広間、小広間から成っている。そして新たに建てられた御守殿は、御殿から独立して、三の郭の北端にあった。
三の郭内には、白い砂利が敷かれている。御守殿に向かう由紀之丞の背後から、砂利をきしませて接近する数人の足音が響いた。振り向いた由紀之丞の目に、見慣れない三人の藩士が映る。いずれも、敵意を表情に浮かべている。
(加藤彦三郎と江戸から来た、十三人の内の者か?)
「止まれ!小姓と見受けるが、御守殿には何者も近づいては成らぬ」
大柄な一人が叫んだのに、由紀之丞は眉を吊り上げて怒りの返事を返す。
「私は殿の仰せで、沙世姫様のご機嫌伺いに参るのだ。邪魔立てするのは、殿への反逆となるぞ」
「ふん、殿の威を借る関根家老のせがれらしい、傲慢な言いようだ」
しぶしぶ引き下がりながら、男たちの口から悪態が漏れた。由紀之丞は無視して御守殿の玄関に足を踏み入れる。沙世姫の姿を思うと、胸の動悸が高くなるのを感じた。
黒川は、埃にまみれた一冊の書物を掴んで、忙しく文字に目を走らせている。
「あった!これにちがいない、万葉集、巻の五、八百七十一番、山上憶良(やまのうえのおくら)謹上の和歌」
黒川は、万葉仮名の横に振られた読み仮名を、朗読する。
「とほつひと まつらさよひめ つまごひに ひれふりしより おへるやまのな」
ラスト・シュート!(第2回)
投稿者:
Daisy
投稿日:2003年 7月13日(日)23時08分42秒
2.ハーフタイム
<れぇーいぃ…>
玲は間延びして聞こえているのが自分を呼んでいる声だということに気づいた。
<れーい>、 <れい>、<玲>
その声が徐々に近づいてくると、すぐに彼女の視界がひらけた。
やがて焦点が合ってくると、そこには心配そうにのぞき込む雅子の顔があった。
「玲、大丈夫?どっか痛いとこない?」
玲はすぐに自分の状況を把握し、頭を巡らせてスコアボード探した。
(ハーフタイムに入ってる)
ゲームは思いの外、大差を付けられていた。
「あぁ」
(これもあたしの調子が悪いせいなんだ・・・)
にわかにエースとしての責任が感じられてくる。
そこに、
「うん、ちょっと苦しくなっちゃったかな」
玲の視線を追っていた雅子が玲の心中を察し、つとめて明るい調子で言った。
そして話題を逸らすように、
「ま、それはそうなんだけど…。玲、本当に大丈夫?さっき何か言ってたみたいだけど」
それを聞いて玲はさっき客席に飛び込んだときに見えたものを思い出してはっとした。
「まぁ、津村さ・・・沙世子が来てる」
「え、サヨコ?・・・玲、サヨコって、今、そう言った?」
その瞬間、雅子にある考えがひらめいた。
会心の笑みを浮かべ、チームメイトに向き直ると、
「みんな、いまの聞いた?」
と語りかけ、そして力強く言った。
「サヨコよ。私たちにはサヨコがついている。絶対負けるわけがないわ!」
それを聞いた少女たちは口々に「サヨコ」とつぶやく。
まもなく、チームメイト全員に確信めいたものが芽生えてくるのが玲にもわかった。
いまだにサヨコは西浜中の生徒にとって守り神か何かのように思われているのだ。
雅子の口にした「サヨコ」という言葉が浸透し、チームに新たな活力をもたらしたようだった。
「さ、試合はここからだよっ」
「ハイッ」
キャプテンの力強い言葉にチームは活気付いた。
だが、ただひとり、その中で玲だけは表情を沈ませていた。
(いけないよ、まぁ。こんな形でサヨコを使うなんて)
(つづく)
** miyamoさん、さっそくのご感想をありがとうございます。たいへん励みになります。
例によって、次回の投稿は未定です。
ラストシュート!&天守閣感想
投稿者:
miyamo
投稿日:2003年 7月11日(金)00時26分10秒
>Daisy様
「ラストシュート!」、中3の最後の試合。この試合に掛けるまぁの気持ち、コートの中を駆ける玲の躍動感、焦る気持ち、すごくよく書けてると思います。(少し偉そう)
そして、現れた津村沙世子?の今後の活躍に期待です。続きが楽しみ。
>龍3様
小夜姫の亡霊と和歌の謎、まつらさよひめの意味は?謎が謎呼ぶ展開に引き込まれていきます。さすがといった感じでしょうか。今後の展開が楽しみです。
ラスト・シュート!(第1回)
投稿者:
Daisy
投稿日:2003年 7月10日(木)23時56分10秒
1.思わぬ苦戦
キュッ、キュッ、キュッ・・・。
ダム・ダム・ダム・ダム・・・。
シューズが鳴り、ボールが床をたたく音がリズムを刻む。
少女たちのかけ声、そして歓声が体育館に響く。
2001年秋。玲や雅子にとって中学生活最後の大会に臨んでいた。
花宮雅子率いる西浜中バスケ部は、三回戦までは順調に勝ち、準々決勝まで駒を進めてきた。
しかし、その準々決勝の相手である滝川中には思わぬ苦戦を強いられることになった。前回の試合でも大差で勝っており、楽勝とは言わないまでも順当に行けばまず負けるハズのない相手だった。
先行され、追いつきかけては突き放され、西浜中がリードする事は許されなかった。
ことに、この試合では西浜中のエースである潮田玲の不調が目立つ。
試合の中盤にさしかかるもまだノーゴール。
玲得意の速攻も3ポイントシュートもことごとく封じられていた。
滝川中の徹底的なマンマークにあい、いつものパス回しができないのだ。
タイムアウトをとっても、キャプテンである雅子はチームに対して有効な言葉をかけることはほとんどできなかった。
(こんなときに何か言ってあげるのがキャプテンの役目じゃないの)
いつになく彼女にも焦りが芽生え始めていた。
(・・・あたしたちの方が弱いって?
そんなことはない。あたしたちだってそれなりにレベルアップしているはずだ)
雅子は冷静になろうと懸命になっている。
滝川中が前回の対戦の反省から徹底的に西浜中のことを研究してこの大会に臨んできたのは感じられた。
それが功を奏して、チームのエースである玲は完璧にマークされ、彼女の得意なシュートゾーンにも入らせてもらえない。また、玲へのパスも流れを読まれてカットされる。
滝川中は西浜中チームの得点の大部分は玲が絡んでいる事を重視して、彼女をつぶしに来ているのだ。
(玲、がんばって。あたしたち、絶対に勝つんだからね)
雅子は玲のいつもより上気した横顔を見つめていた。
第2ピリオドの終盤−−そのときアクシデントが発生した。
ルーズボールがラインを割る寸前だった。
とびついた玲が空中でボールを捕え、そのままコートの雅子に投げ返す。
しかし、勢い余った玲の身体はそのまま観客席に突っ込んでいった。
その刹那、玲には時間が引き伸ばされるように感じられた。
今にも止まりそうに思えるほどの緩やかな時間の流れの中に彼女はいる。
玲の視界はゆっくり回転して・・・その視界の端で、一瞬、それをとらえた。
体育館の出入り口の逆光の中に長い髪を逆立てた少女のシルエットが浮かんでいる!
(沙世子なの?)
−チリン
どこからか鈴の音が耳に響く。
そして、ブラックアウト。
(つづく)
**龍3さん、お言葉をありがとうございます、第1回をお送りしました。
次回の投稿はまだ未定です(ごめんなさい)
天守閣の小夜姫つづき
投稿者:
龍3
投稿日:2003年 7月10日(木)16時06分36秒
第五話 不思議な和歌
その三
由紀之丞が差し出した書付を広げると、黒川は即座に言った。
「これは、万葉仮名(まんようがな)だな。万葉集という、わが国最初の和歌集を記すのに使われた書き方だ・・・む、これは!」
興奮した面持ちで黒川が書付の、二番目の文字の塊「麻通良佐用比米」を指差す。
「これは、おそらく、まつらさよひめ、と読むのだ!どこに積んであったかな、万葉集・・・」
「さよひめ!」
由紀之丞と鈴が同時に叫んで顔を見合わせたが、黒川は既に夢中になって、居室の書物の山をあらため始めていた。
「だめだね、黒川先生、ああなると他人の声が聞こえないもん」
「鈴ちゃん、もうお店に帰りましょうよ。おとっつあんの作兵衛さんもおっかさんのお弓さんも、身の細る思いであんたを待ってんのよ」
浪人・溝口がやかましく言い立てるので、鈴はしぶしぶ腰を上げる。
「無事に実家(さと)に戻れるのか、よかったな」
由紀之丞が言うと、さすがに鈴は疲れた表情を見せた。
「まったく、わけわかんないよ。確かにあの桃、美香の方様からって、台所に届いたのに、誰もそれ知らないって言うんだよ。でも秋(しゅう)様が命に別状なくて、ほんとによかった」
円亜堂の裏門に向かいながら、由紀之丞と鈴は時間を惜しんですばやく会話する。
「気をつけろよ鈴、これからもなにがあるかわからぬ」
「うん、ユキ様もね。それにしても、沙世姫様こそ、心配だなあ。お命を狙われるなんて、いったいどうして?」
「うん・・・そういえば鈴、お前が天守閣で見た亡霊のいる証拠とはなんだったのだ?」
「ああ、すっかり忘れてたよ。あのね、あたし見たの。あの朝・・・まだ昨日だけど、朝一番にご天守の前に行ったら、二階の外の・・・なんていうのかな、ぐるっと回した廊下・・・ああ、高欄って言うんだよね。その手すりにね、真っ赤なものがいっぱい散っていたの。多分山茶花(さざんか)の花びら」
「花びら?風で天守に舞ってきたのか?」
「絶対そんなはずないよ。ご本丸に山茶花なんて植えられてないもの。誰かが、鍵のかかってるご天守に登って、撒き散らしたんだよ。そんなこと、生身の者にできる?それに万阿様が聞いた言い伝えには、赤い花は小夜姫の現れたしるしだって」
そこまで話したとき、二人は円亜堂の裏門を抜けていた。鈴は由紀之丞に軽く会釈すると、振り向いて溝口に言う。
「さあ、溝口様、しっかりお供してよ。それにしてもどうしておとっつあん、あんたみたいな頼りない人を寄越したんだろう」
「仮にも武士のあたしに、なんて言い草よお」
「ぷっ!溝口様がお侍っていえるなら、あたしは侍大将だわ」
「お腹ふくれたらとたんに元気になるんだから、この子は」
にぎやかに道を行く鈴と溝口に、登城する藩士たちが驚いて目を剥いている。苦笑しながら由紀之丞は、遠ざかる二人を見送った。
鈴の実家・潮田屋は関根家と関わりが深い。関根家の先代、つまり秋太郎や由紀之丞の祖父が、まだ若かった潮田屋作兵衛に目を掛けて、廻船問屋の免許を与え、藩の御用商人に取り立てたのである。以来作兵衛は、関根家を恩人と慕い、日ごろから挨拶を欠かさない。また、個人的に佳太夫が作兵衛と気が合い、囲碁の相手をする間柄だった。そして長女の鈴が活発な性質で、よく作兵衛に付いて関根屋敷に来たのである。
秋太郎や由紀之丞はそのたびに鈴の遊び相手になり、まるで従兄妹(いとこ)のような感覚で成長してきた。その当時、屋敷が隣だった花房万阿も遊び仲間だった。溝口左京介が、潮田屋の用心棒?のような居候になったのは、いつからだったか、由紀之丞にはあまり記憶がない。だが溝口の女言葉は、もう気にならなくなって久しいのだった。
−−−−−
>Daisyさん
六小夜の世界が、みんなの作る新たな物語で広がっていくのはとても楽しみです。どうぞご遠慮なく書き込みください。こちらこそ、よろしく。
みなさんこんばんは。
投稿者:
Daisy
投稿日:2003年 7月 8日(火)23時57分39秒
突然ですが、私も何か書きたくなったので、近日中にささやかなストーリーを
掲載させてもらおうと思っています。
たぶん、不定期連載になってしまうでしょうが、よろしくお願いします。
あ、龍3さんが連載中ですね。でも、お邪魔にならないようにしますので。
天守閣の小夜姫つづき
投稿者:
龍3
投稿日:2003年 7月 8日(火)14時23分14秒
第五話 不思議な和歌
その二
不思議な和歌・・・由紀之丞は起き上がり、枕元に置いてあった紙を広げる。江戸からの文の末尾に記されていたものを、懐紙に書き写してきたのだ。そこには、こんな文字が並んでいた。
得保都必等 麻通良佐用比米 都麻胡非迩 比例布利之用利 於返流夜麻能奈
由紀之丞はもちろん、設楽も秋太郎も何のことかさっぱりわからなかったが、関根佳太夫は、それが五・七・五・七・七の文字数で記されていることを指摘し、和歌であろうと言った。だが、解読はできないでいる。
「目が覚めましたか、ユキ」
穏やかな中年男の声がした。襖が開き、炊けた飯と味噌の香りが漂う。
「あ・・・父上、おはようございます」
慌てて由紀之丞は座りなおし、養父の唐沢多士郎に挨拶した。ひょろりと背が高い多士郎は、痩せた顔に微笑を浮かべて、由紀之丞に朝食を摂るように言った。
「今日は沙世姫様ご対面の大切な日ですから、早めに登城しなさい」
「そうでした!」
由紀之丞は、あわただしく洗面を済ませると、飯炊きの婆やが運んでくれたお膳を急いで掻き込む。唐沢家には多士郎と由紀之丞のほか、この婆やしかいない。一度結婚したものの多士郎は妻と離縁していた。
ご飯だけを柳行李の弁当箱に詰めて、由紀之丞は長屋の玄関を出る。ふと思いついて自室に戻り、例の書付を懐にねじ込んだ。
「行ってまいります」「お役目ご苦労」
いつものように養父と言葉を交わした。今日も多士郎は、迷い猫を探しに歩き回るのか、猫の人相書き、いや、猫相書きを手にして、城下町の図面に見入っていた。背丈は関根佳太夫と負けないが、背中を丸めた痩身は、いつ見ても貧相でみすぼらしい。由紀之丞はいまだに、多士郎の養子になったことが納得できていない。
確かに多士郎は関根家の親戚で、一応由緒ある家柄であり、跡継ぎが絶えることは許されないだろう。しかし先々代の唐沢家当主が不始末をしでかし、身分を大きく落とされていた。小姓という、主君の身近に使える栄誉な立場の由紀之丞は、そのままだったら栄達の道に進めるに違いなかったのに、余りに格の低い唐沢家の養子では、出世は閉ざされたも同然である。由紀之丞はおおいに不満だった。
だが、厳格な関根佳太夫は、由紀之丞の質問や意向を無視して、ただ養子に行くことを命じた。唐沢多士郎は温厚で優しい養父であるが、その丁寧な言葉使いからしてなじめず、腹を割って話すまでに至っていない。
胸の中にまたもやもやした気分が溜まって来たのを吹っ切るように、由紀之丞は、登城の道を外れ、藩校円亜堂に足を向けた。書付の不思議な和歌を、黒川に見せようと思ったのである。
直接黒川の居室の庭に回り、声をかけようとした由紀之丞は、そこで思いもかけぬ人物を見て驚いた。
「鈴!どうしてここに?」
縁側に腰をかけて、足をぶらぶらさせながら、鈴は一心不乱に握り飯をぱくついている。その近くで、庭に草履ばきで立っている浪人が、由紀之丞に笑った。
「あらあ、ユキ、おはよう。鈴は一晩飲まず食わずで、早く何か食べさせろってうるさくて、黒川先生叩き起こしてお茶入れてもらったのよ」
「まったくおまえらは、この円亜堂筆頭教授を、なんと心得ておるのか」
苦笑いしながら、由紀之丞の顔を見た黒川は、表情を引き締めた。
−−−−−
>miyamoさん
みぞぐちは、苦心のキャラ作りです。気に入ってくれて嬉しいです。ちょっと連載投稿が開いてしまってますが、頑張って書きますね。
>真さん
何度も見たくなり、そして感想を誰かと話したくなる。そんなドラマですよね。さらに、自分の創造を付け加えたくなり・・・と、わしはこんなことをやってます。今後ともよろしく。
以上は、新着順81番目から90番目までの記事です。
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