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完結おめでとうございます。

 投稿者:miyamo  投稿日:2003年10月22日(水)20時34分17秒
  「天守閣の小夜姫」完結おめでとうございます。話の中に登場までさせていただいたことも感謝しています。(それも、実物とは違い相当格好良く)
自分を映す鏡、それが「おさよ」。鏡が映し出すもの、それこそ自分自身の心。まさに「六小夜」外伝にふさわしいラストだと思います。
そして、ここまでの長期連載ご苦労様でした。またいつの日か龍3様が書かれるお話読んでみたいと思っております。本当にご苦労さまでした。
 


天守閣の小夜姫ラスト

 投稿者:龍3  投稿日:2003年10月22日(水)12時26分27秒
 
   終話 そして海へ
      その二(回復した万阿が鏡山神社を訪ねて老神官に語る)
 ・・・この長い石段を、ユキ様は、毎日のように駆け上がり、剣の稽古をなさっていたのですね。ああ、ここからは、お城も、そして海も綺麗に見渡せる・・・
 篠原空仁斎様、わたしは、鏡を納めに参りました。いえ・・・戻しに参りました。
 母方の家に言い伝えがあったのです。最初の天守閣のおさよが、その家の生まれで、形見の鏡をこの神社に残したと。
 わたしは、いつしか、辛いことがあると、おさよになれば不思議な力を得てすべてを越えられると思うようになり、おさよになりたいと願ったのです。
 だから、一番辛かったあの日・・・由紀之丞様が唐沢の家に養子に出て、もうわたしと添うては下さらないと思ったあの晩に、わたしはここに来て、社殿の鏡を盗みました。真っ暗な夜で、景色など何も見えませんでした。
 わたしの心もそれから、ずっと暗闇だったかもしれません。
 沙世姫様が御輿入れなさるとの話が、わたしをますます追い込んだようです。わたしこそが、おさよだと、強く信じました。密かに鍵を手に入れて天守閣に登り、赤い花びらを撒き散らしたりしました。
 そしてさらに、由紀之丞様が、沙世姫様に恋をされた。思いも寄らないことでした。家の釣り合いが取れずに結ばれるのは難しくなったけれど、心は繋がっていると信じていた由紀之丞様が、わたしを捨てて沙世姫様を選んだ。わたしは、狂いました。
 わたしが沙世姫様付きの奥女中を志願したのは、由紀之丞様との恋路をさえぎり、沙世姫様をこの手で・・・
それから、御本丸で演じられる能を混乱させようと、おさよの現れる謡曲本をでっちげて楽屋に置きました。それが、あんなふうに使われるとは思いもしなかった。あれも、巡る因果だったのでしょうか?
加藤様の配下に、わたしは沙世姫様とともに捕らわれて、天守閣に閉じ込められました。あのとき、わたしの心は二つに分かれてせめぎあっていました。
こんなことで沙世姫様に命を落としてもらいたくはない。お救いしよう。
いや、このまま沙世姫様が死んだ方がいい。
そこに由紀之丞様が来られた。わたしは、由紀之丞様とともに闘った。
幸福でした。由紀之丞様のために美香の方様の刃を受けて、倒れた。このまま死んでも悔いはない、むしろ、その方が醜いわたしの心を葬れる。そう思いました。
でも、妄執は倒れているわたしから離れて、天守閣に向かったのですね。
たしかに、わたしは、おさよと一体となったようです。
でもそれは、闇のおさよのほう・・・
沙世姫様もまた、確かにおさよだったのです。光り輝くおさよ。
そしておさよは、天守閣から解き放たれたのです。
そうです。
わたしも、沙世姫様もまた、縛られていたものからほどかれたのです。
・・・この鏡を、帯の芯に入れていました。それが、わたしを美香の方様の薙刀から守ってくれました。
 神もまた、わたしに生きろと命じられていたのですね。
 お祈りさせてください。
 潮田屋の廻船に乗って、伊勢に向かわれた沙世姫様の海路の御無事と
 江戸に剣術修行に向かわれた由紀之丞様の御武運を・・・

 少年は、砂浜に立ち、海を見ている。
 舟に乗って去った少女を想っている。
 その美しい瞳の奥にあった、哀しみと
 彼に託したからだの熱さとが
 今も彼の胸をうずかせる。
 舟は今、潮路はるか・・・
 たまらず少年は、砂を蹴って
まっしぐらに丘に駆け登る。
うねる潮(うしお)が
午後の陽射しにきらめく中に
少女の舟を探しながら
少年は力の限り、腕を振った。
あしたの今頃には
舟は湾を抜け、はるか外海に
あしたの今頃には
少年は大きな都会(まち)に着き
生き抜くための戦いに。
だがいつか波の彼方で
必ずまた会うと誓っている。
 今は船の帆に良き風よ吹けと
 少年は力の限り、腕を振り続ける
 うねる潮が
 午後の陽射しにきらめく中に・・・
 
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天守閣の小夜姫つづき

 投稿者:龍3  投稿日:2003年10月21日(火)20時57分27秒
    終話 そして海へ
    その一(床に伏す万阿に鈴が語る)
 万阿様、やっと目が覚めたのね。あれから、丸一日半経ちましたよ。その傷はもう大丈夫。堅い西陣織の帯が薙刀の刃を撥ね返したんだそうです。
 何から言ったらいいんだろう・・・、とりあえず、今あたしは、溝口左京介様の葬儀を終えてきたの。万阿様も何度かお会いになったよね、溝口様。女言葉の変なご浪人、あたしとはいつも悪口ばっか叩きあってた。でも、大好きだったよ。そして、もう溝口様のことを馬鹿にする人なんて、誰もいない。
 すごい斬り合いだったそうです。江戸から来た七瀬っていう天才剣士が、たくさんのお侍を斬り伏せていたのに立ち向かって、一歩も引かずに闘ったんだって。倒れたのは七瀬って人だった。溝口様はそこから歩いてあたしを迎えに来て、笑顔で死んだの。七瀬って人はその時まだ息があって、溝口様の隣に葬ってくれって言い残した。だから、今、二人は隣同士のお墓。斬り合いをすぐそばで見ていた経家って人が、二人のことを詩に書いて、今、評判になっているって。「末代まで語り伝えられる剣戟 武道の鑑(かがみ)」とかなんとか・・・でも、あたしは、みっともなくて情けなくてもいいから、ずっと溝口様と喧嘩してたかったな・・・
 それで、七瀬とか経家とか言う人たちの親分、加藤っていうお侍は、切腹しようとしたけど出来なくて、捕まっています。美香の方様も、厳しい監視が付いて半分牢屋みたいなところにいなさるって。でも、関根佳太夫様は、もう誰も死なせないとおっしゃられた。それがご主君上総介様の強い意志だそうです。西浜藩始まって以来の大騒動で、何人もの人が命を落としました。これ以上の人死には本当にいや。加藤や美香の方様と裏で繋がっていた御重臣がたも、何人か居たらしいけれど、咎めるよりも話し合って、お互いに心を通わせていくって、秋太郎様も決意しておられます。これから大変だけれど、設楽様や黒川先生がよい力添えをしてくださるに違いないしね。
 それから、美香の方様の一番の御家来だった千夏様が、なんと秋太郎様と由紀之丞様のお母様だったんだって!あの方が一番取り乱して、秋太郎様に取りすがって泣いておられた。早くに離縁されて、関根家のことを恨んでいたらしいけれど、もう、そのお気持ちも解けたみたいです。

 ・・・さあ、由紀之丞様と、沙世姫様のことをお話しなければなりませんね。
 あの天守閣の中のことは、万阿様、覚えている?万阿様の声がしたんだよ。最初のおさよの声と重なって、ユキ様と一緒に滅びるって言ってた。そうしたら、沙世姫様が、わが身に代えてもユキ様を助けるって言って、爆発が起きた。
 燃えた床が抜けて、どんどん下に落ちていったあの時のことは、どうしても本当のことか夢の中のことかよくわからない。
 だって、居るはずのない、あの沙世姫様付きのご老女・由利江様が、炎の中に突然現れて、沙世姫様に微笑みかけたの。
「姫様、とうとう、あなた様を心底いとおしんでくれる人が見つかりましたね」って。そしてね、ご老女は古ぼけた鏡を取り出して、沙世姫様に渡したの。
「さあ、参りましょう。船が待っております。浪路の向こうに、あなた様の母上様のお里がございます。そこにご案内するときが、やってきたのです」
それきり、由紀之丞様も沙世姫様も由利江様も、姿が見えなくなったの。
 このことは、秋太郎様とあたししか知らない。秋様が、堅く口止めしたの。秋様は、何かがわかったみたい。でも、お二人は天守閣と一緒に燃えてしまったことにしておけって。それが一番いいんだって。
 あたしは、秋様の言葉を信じる。でも、万阿様だけには、お伝えしたいの。
 ユキ様と沙世姫様は、どこかできっと、生きているよ。
------
(次回で物語は閉じます。長い連載にお付き合いくださった方々、本当にありがとう)
 

天守閣の小夜姫つづき

 投稿者:龍3  投稿日:2003年10月21日(火)18時53分1秒
    第十一話 おさよ鎮魂
   その七
 「れい!」「しゅうさま!」
 とっさに呼び交わしながら、関根秋太郎と鈴は、固く抱き合った。炎の塊と化した最上階の床が、二人の頭上に雪崩落ちる。秋太郎は、右手で鈴を抱えながら、左手で腰から鞘ごと引き抜いた大刀・雷神丸を頭上にかざしていた。
 光の滝のように、火の粉と燃える木材と、きらめく金具とが、二人の周りを流れ落ちていく。落下してきた上階の構造物の重さに耐えかね、二人の立つ三階の床もまた、ゆっくりと崩れる。まばゆい輝きに包まれて落下しながら、鈴は秋太郎に力の限り抱きついた。なぜか恐怖はなかった。秋太郎だけでなく、大きなものに守られているような気がした。そして、鈴は見た。落ちていく自分たちの横に、同じように強く抱きしめあった、唐沢由紀之丞と沙世姫の姿があることを。

 さながら溶鉱炉のようになった天守閣入り口から、抱き合った少年と少女がよろめきながら歩み出るのを、駆けつけた設楽主水正は目を見張って迎える。二人の手を引っつかみ、力任せに走る。轟音とともに天守閣はすべて崩壊しつつあった。
「振り返るな!走れ!走るんだ!」
設楽は、さながら顔中口のようにして叫んでいる。鈴と秋太郎は、目を閉じて息の続く限り駆けた。
 そして、人垣の中に駆け込んで、二人は倒れる。人々の腕が、二人のからだに降りかかっている火の粉を払い、衣服に付いた小さな火を叩き消す。
 嘆声とも悲鳴とも付かぬ叫びが上がった。天守閣が、倒壊していくのだ。
 鈴は立ち上がり、無数の火の粉と粉塵を噴き上げ、炎に呑まれて行く美しい建物を葬送する。
「秋太郎、由紀之丞は?・・・沙世姫、様は?」
関根佳太夫が、抑えきれぬ激情を全身に滲ませて、訊ねた。秋太郎は、どこか、笑ったような透明な泣き顔で、静かに答えた。
「申し訳ありませぬ、見失いました。炎の中、最後までふたりで一緒にいたのは、確かでした」
 鈴もまた、同じような表情をして、頷いている。その瞳からとめどない涙が溢れて、真っ黒に汚れた頬を洗っている。かすれた声が鈴に届いた。
「あんたさえ、大丈夫なら、あたしは何も言うことはないわよ、鈴・・・」
「溝口様!無事だったの!」
鈴に飛びつかれ、溝口左京介は、よろめきながら苦笑した。
「もぅ・・・重たいじゃない、あんた、大きくなったねえ。ほら、泣かないの。あんころ餅、食べるんでしょ・・・」
「勝ったのね、あの、ものすごく強くて綺麗な敵に」
ああ・・・と頷いて、溝口は目を細めて遠くを見る。蒼白なその唇に、微笑が浮かんだ。
「ほんとに・・・あんた、重くて、あったかいわねえ・・・あたしは、疲れた。ちょっと休ませてよ」
 ゆっくりと溝口は倒れて、そのまま、地面に仰向けに横たわった。不思議そうに、鈴はその顔を見つめる。微笑を刻んだまま、溝口は息絶えていた。
 最後の棟が崩れ落ちる轟音に、人々は天守閣を見守ったまま、誰も動かなかった。
 

天守閣の小夜姫つづき

 投稿者:龍3  投稿日:2003年10月20日(月)13時49分34秒
 
  第十一話 おさよ鎮魂
   その六
 炎と煙の中、その姿ははっきりとは見えない。だが、その乙女の声に、由紀之丞は戦慄する。
「万阿?・・・どうして、ここに!」
綾織の古雅な着物をまとい、長く髪を垂らしたその顔は、はっきりとは見えないが、由紀之丞には、花房万阿に酷似していると思えた。
「わが名こそは・・・さよ。永劫の業苦に、今こそ終わりを告げん。罪と愛執を封じたる西浜城天守とともに、わが恨みもまた、灰燼と帰す」
さよと名乗り、万阿の顔立ちを持った乙女は、微笑している。由紀之丞は問いかける。
「万阿ではないのか?まことの、天守閣の伝説にある、おさよ、だと言われるか?」
「花房万阿は、はるけきわが子孫なり。その魂にわれは宿り、その愛執の心もて、ここに現れしものなり」
幻影のごとき乙女は、かっと目を開いて、強烈な視線を沙世姫に向けた。
「万阿としてわれは、なんじ沙世姫を許さぬ!万阿こそが、六番目の小夜としてここに立つ者であったはず。なのに、高貴の血筋と美貌のみを誇りに西浜城に乗り込み、あまつさえ愛しいおのこ、由紀之丞の心を奪いおった!」
その凄惨な恨みを宿した声は、階下の秋太郎と鈴の背筋をも凍らせた。
「われが、三崎上総介治道(はるみち)様の愛妾、小夜として在りし日、禁じられし恋に堕ちた小姓の名もまた、雪之丞なり。来世で結ばれることを信じ、首討たれた雪之丞よ。なのにわれは自害すらも許されず、この天守閣の最上階に閉じ込められ、厨子の中で縛られたまま飢え死にして果てたのじゃ!!」
 忌まわしい振動を背中に感じ、由紀之丞は沙世姫を抱えて厨子から離れようとした。だが、一瞬遅く、厨子の化粧板を破って伸びてきた黒い腕が、沙世姫の手首を握っていた。沙世姫が身をよじって悲鳴を上げる。黒い腕は骨に乾燥しきった肉片が張り付いただけの、屍骸そのものだった。言葉にならない叫びを上げて、由紀之丞は脇差で抜き打ちに黒い腕を切断した。
「おのれ!由紀之丞、ユキ、われを、わたしを裏切り、沙世姫を選ぶの?なぜ、幼い頃から慈しみあったわたしを捨てて、出会ったばかりの異郷の女を!」
 砕けていく厨子の中から、酷変した木乃伊(ミイラ)状の人体が這いずりだし、それに、幻影の乙女が重なっていく。万阿の顔の輪郭に、醜怪な骸骨が滲む。
「ユキと共に逝くのは、沙世姫じゃない、わたしだ!」
亡霊ともうつつともわからない、異様な万阿に抱きつかれ、由紀之丞は脇差を握り締めたまま、身動きも出来なくなった。その背中に、沙世姫が身をぶつけていく。由紀之丞を抱きすくめたまま、万阿の顔を持つ魔物は、鬼女の形相になって咆える。その鬼面と至近距離で、沙世姫はまばたきもせずににらみ合う。
「この身に代えても、由紀之丞を死なせはしません!」
沙世姫が叫んだ瞬間、すさまじい白光が天守閣最上階に満ちた。純白の闇に視界を閉ざされたまま、由紀之丞の意識は薄れた。

 救護所で万阿を手当てしていた黒川は、規則正しかった万阿の呼吸が突然乱れ、冷たい汗を流し始めたのに困惑していたが、どっと挙がった喚声に思わず立ち上がった。
「天守閣の天辺が、爆発したぞ!」
 ひさしの下から走り出した黒川は、天守閣最上階がまばゆく輝く巨大な花のような炎と化しているのを見た。その、白に近い炎の色は、あまりに清浄で荘厳で、黒川は息を飲んで立ち尽くすばかりだった。
 だが、背後から聞こえた微かな呟きに、黒川は振り向く。
「ユキ、ごめんなさい・・・」
横たわったまま、万阿の閉じたまぶたから、澄み切った涙が、とめどなく流れはじめていた。
 
お得なプロバイダーとくとくBB

お久しぶりでございます

 投稿者:miyamo  投稿日:2003年10月16日(木)22時36分35秒
  >あたしの運命は、あそこにあるみたい。怖いけど、逃げるわけに行かないの。さあ!鈴!あんたも、行くんだよ!
死すら予感しても自分の生きる場所を見つけたそんな溝口の気持ちが伝わってくる台詞。
くぅ〜、かっこいいね、男だね、溝口。この台詞にやられてしまいました。
 

天守閣の小夜姫つづき

 投稿者:龍3  投稿日:2003年10月16日(木)13時35分31秒
 
  第十一話 おさよ鎮魂
       その五
 秋太郎の後を追って天守閣に向かいかけた鈴を、大きな掌ががっしりと抱え込んだ。
「だめよ、いくらおてんばなあんたでも、あの修羅場についていっても邪魔なだけよ」
「溝口様、でも、秋太郎様が。それにユキ様もあの中に!」
強敵との死闘であちこち手傷を負っているらしい溝口は、抗う少女を優しく抱えながら、耳もとでささやいた。
「そうね、あたしも、あんたも、自分の運命は自分で決めるしかないわね。じゃあ、行きなさい、鈴お嬢様」
溝口は、つい、と鈴を天守閣へと押しやった。
溝口の言葉に、異様なものを察した鈴は、目を丸くして浪人を見つめる。溝口はもう鈴を見ていない。服の両袖を引きちぎり、細く裂くと、二の腕や肩の切り傷にきつく巻きつけ、あまった布で鉢巻をする。
そして、帯を締めなおすと腰の刀を抜き放ち、きっ、と争闘の渦を見やった。そこには、さながら美麗な阿修羅のように縦横無尽に捕り方を斬りまくる七瀬の姿があった。
「あたしの運命は、あそこにあるみたい。怖いけど、逃げるわけに行かないの。さあ!鈴!あんたも、行くんだよ!」
 唇の端に微笑を浮かべると、溝口はまなじりを吊り上げ、鬼神の表情となって突進していく。鈴は思わずその背に叫んだ。
「溝口様、死なないで!勝って、また、あんころ餅を一緒に食べよう!」

 一階に突入した関根秋太郎は、思ったよりも内部に炎が広がっていないことにやや安堵しつつ、階段を駆け上る。だが、二階は闇の中で煙が充満し、たちまち咳き込んだ。這いながら床を進み、隠し窓を見つけて蹴破る。煙が噴出すると同時に光が差し、視界が確保できた。追ってきた部下たちは、水を吸い込ませた布を秋太郎に渡す。それで口を覆い、さらに上を目指す。だが、最上階に通ずる階段は既に炎に包まれていた。
「ユキ!いるのか!沙世姫様はご無事か!」
秋太郎は絶叫した。
「兄の声が聞こえるか!!」
答えはない。だが、秋太郎は最上階に弟の身じろぐ気配を感じた。その直感のまま、秋太郎は声を張り上げた。
「諦めるな!おまえは、私の弟だろう!そして父上は、おまえに生き続けていて欲しいと、おまえを養子に出したのだぞ!」
秋太郎の頬に、涙が流れ落ちる。
「こたびの沙世姫様のお輿入れには、反対の声が多かった。それを無理押ししたからには、父上も私も身に危険が及ぶのは覚悟していた。あるいは、関根の家は失脚、没落するやもしれぬ。そのおりは、ユキ、おまえだけでも、生き続けて欲しいと、だから、おまえに、父上は、家宝の雷神丸・昇竜丸の刀と脇差を託したのだ。それが、わからなかったのか!」
沙世姫の肩を抱き、並んで厨子に寄りかかっていた由紀之丞は、霞みかけた意識の中で、兄の声を聞いた。
「雷神丸・昇竜丸・・・では、これが、昇竜の剣だったのですか・・・」
腰に帯びた脇差を抜き放ち、由紀之丞は目の前にかざす。炎を映す刀身に朧に浮き出る、龍体に似た刃紋。
(そうだ、どんな敵の刀と打ち合っても、決して負けなかった。まぎれもない・・・)
由紀之丞の目が潤んだ。必死の戦いをする中で、彼にもだんだんわかってきていた。関根家を去るとき、父が渡してくれた両刀が、素晴らしい業物であったと・・・それに託した、父の愛が・・・
「兄上・・・でも、私は、沙世姫様と一緒に、参ります」
 細く呟いた由紀之丞の言葉は、それでも秋太郎の耳に届いた。
「ユキ!沙世姫様と一緒なのか!」
 その時、秋太郎の横に、息せき切って駆け上がってきた小柄な影。小姓姿の鈴である。煤にまみれた顔に、大きな目を見張り、少女は力いっぱい叫んだ。
「沙世姫様、死んじゃいけない!!ユキ様、姫様を助けて、一緒に降りて来るんだよ。大事な人を、死なせたくないだろ!」
 由紀之丞にもたれかかり、ぐったりしていた沙世姫が、うっすらと瞼を開ける。
「れいと言いましたね・・・ありがとう、わたくしのことを純に思ってくれたものは、れいや、ユキだけ。おまえたちとなら、この世で生きていけるかもしれないと思った。でも、身分や、こののろわしい素性がそれを許しません。行きます・・・わたくしは」
 天上からの音楽のように降ってくる、清(さや)かな沙世姫の声に、鈴はしゃがれた声で反駁した。
「行くなんて、あの世なんて、あるかどうかわからないじゃないか!あたしたちは、生まれたこの世で、いっぱいいっぱい笑ったり、泣いたりしながら、こんかぎり生きなきゃいけないんだよ!」
 鈴の声の力強さに、ユキと沙世姫が、はっきりと目を開き、身を起こしたその時、二人の傍らで異様な気配が立ち上がった。
「・・・うつつの因果を果たさんために これまで現れ来りけり・・・」
 

天守閣の小夜姫つづき

 投稿者:龍3  投稿日:2003年10月16日(木)00時45分57秒
    第十一話 おさよ鎮魂
    その四
 いきり立った設楽が叫ぶ。 
「加藤!おのれの為しているしわざを考えてものを言え!お世継ぎの公子を人質にし、盾にとって居るのだぞ。武士として恥じろ!」
 美香の方が、うつむいていた顔を持ち上げ、設楽を睨む。
「盾にとってなどおらぬぞえ!すべては、この松次郎のために為したことじゃ。わらわと松次郎は一心一体。ええい、不浄の捕り方役人ども、下るがいい!」
 秋太郎が、平静な口調で説く。
「ただ、力に任せて事を収めようとはいたしませぬ。公の詮議の場を設け、あなた様たちの言い分と、我らの主張とどちらが理にかなっているか、上総介さまの前で堂々と対決しようではありませぬか。この場はどうか、刃を納めてくだされ。そして、沙世姫様を助けに行かせていただきたい」
 秋太郎に、加藤は憎悪に血走った目を向けた。
「かつて・・・いまだかつて、おぬしら上士(じょうし=身分の高い武士)が、われら平士(ひらし=一般的な身分の武士)と公の場で正々堂々と対決したことがあるか!いくら藩校円亜堂で、抜群の成績を上げようが、家老にはなれぬ。道場で剣の稽古をするのでさえ、平士は上士に遠慮して打たねば、有形無形にとがめられる。そのくせ、実際の藩の運営で失態が起きたとき、腹を切らされるのは平士ばかりだ!わしは幾度となく、藩の改革案を提出した。そして無視され続けた。無能で強欲、さらには人倫の道をも外して省みない、おぬしら門閥どもに握りつぶされてきたのだ。もう、我慢が出来なかった。わしは剣術が苦手だが武士だ。刀に命をかけて立ち上がったのだ。ひとたび立ったからには後はない。沙世姫と関根一党を倒す志を、曲げはせぬ!」
 秋太郎は、深い悲しみの色を瞳に湛えながら、それでもきっぱりと命じた。
「ならば、押して通るまで。加藤たちを捕縛し、美香の方様と松次郎様をお救いしろ!」
「わらわと松次郎に指一本触れてはならぬ!寄れば、この子を刺してわらわは自害するえ!」
美香の方は懐剣を抜き放ち、松次郎ののどに擬した。秋太郎は唇を噛み締め、捕り手たちを制する。
 だがその時、美香の方に向かって、松次郎が強い口調で言い放った。
「母上、お放しください、私のいいなづけが、天守閣の中に居るのです。男として、救わねばなりませぬ」
 美香の方が愕然と凍りつき、懐剣を持つ手が震えた。松次郎は肩を振って美香の方の腕からするりと抜け出すと、天守閣に駆け込もうとする。慌ててわが子を引きとめようと美香の方も走り出す。その二人と加藤、剣客たちが分断された。どっと捕り方たちが殺到し、美香の方と松次郎を保護した。
「放せ!予は沙世姫を救わねばならぬのじゃ!」
男たちに抱えられながら叫ぶ松次郎に向かって、秋太郎がひざまずく。
「松次郎様、三崎家五万石の主となられるあなた様です。その勇気は得がたきものなれど、あなたは、命じてくださればよいのです。関根、沙世姫を助けよ、と一言!」
松次郎はまだあどけなさの残る顔で、あえいだ。命令することの重さを、生まれて初めて自覚した苦悩と逡巡に顔が歪む。そして、その口からうめきのように言葉が漏れた。
「秋太郎、頼む。姫を!」
「承りました!」
秋太郎は一瞬のためらいもなく、いまや猛火の渦巻く天守閣に向かって突進した。配下の武士四人ほどが必死に追随する。
 容赦なく数十本の六尺棒が迫り、加藤と剣客たちは後退するほかない。そして天守閣脇の塀に追い詰められた。一人の剣客が、手にした大刀を地面に突き立て、どっかと胡坐をかく。
「何をしている、経家(きょうけ)?」
加藤がひきつる顔で怒号する。経家と呼ばれた剣客は、痩せた頬に汗を流しながら、ぼそぼそと呟いた。
「これ以上の手向かいは、悪あがきに過ぎないでしょう。私、経家源右衛門(きょうけ げんえもん)は縛に付きます。公の詮議の場で、藩への忠誠の気持ちを訴えることにしたい。このままでは、ただの逆臣として葬られそうだ」
「ふふ・・・」
底冷えのするような冷笑が、経家の横から噴き上がる。七瀬多聞である。溝口左京介との斬り合いに決着が付かぬまま、流れに押されて加藤の護衛となっている。
「こうなれば、みんな好きにすればいい。加藤殿、江戸で拾ってくれた恩義は忘れないが、私はあんたと一緒に縄目の恥を受けたくはない。このくらいの囲み、孤剣ひとつで、斬り破って行かせて貰う」
七瀬は左手で脇差を抜き、二刀をかざして、六尺棒の波に斬りかかった。
 

天守閣の小夜姫つづき

 投稿者:龍3  投稿日:2003年10月13日(月)00時18分50秒
 
第十一話 おさよ鎮魂
   その三
 茫然と由紀之丞の後姿を見送った鈴は、砂を踏みしめて近づいて来た足音に振り向く。黒川が、唇を噛み締めて万阿にかがみこんだ。
「薙刀で突かれたのか・・・ん?これは、急所を外れているぞ!助かるかも知れぬ!」
黒川の顔に希望の光が差し、鈴も瞳を輝かせた。黒川は軽々と万阿を抱き上げると、走り出す。
「怪我人の救護所が出来ている。早く運ぼう!」

 さっきまでの暗さが嘘のように、天守閣内部はまばゆく炎で飾られている。熱と煙にむせびながら、由紀之丞は階段を駆け上がり、二階に踏み出す。外からは見えない構造になっているこの階はほとんど窓がないため、火の粉も吹き込まず、ほとんど燃えていない。暗がりである。
 藩校円亜堂の行事の一つとして、十歳のときに藩士の子は天守閣に登ることを許される。ほとんどの藩士はそれが生涯唯一の天守閣内部見物となるのだ。由紀之丞はそのときの記憶を蘇らせ、ほとんど手探りで武者隠しの扉を見つけると、脇差を抜き放ち、体当たりする。扉を突き倒して転がり、跳ね起きると、血の匂いが鼻を突いた。鮮血が部屋の隅の細いはしご段を伝い、上に向かっている。三階への出入りを塞いでいた上蓋が、砕かれていた。脇差を頭上にかざし、一気に駆け上る。
 三階には、中央に芯柱と最上階への階段があるほか、何もない板張りの床になっている。その床に、大太刀を握り締めたまま、巨漢・宮茂が仰向けに倒れていた。上蓋を破るのに力を使い果たし、事切れたのかと由紀之丞は思ったが、様子が違う。首が不自然な角度に捻じ曲がって息絶えているのである。どうやら、上から階段を転げ落ち、首の骨を折ったらしい。由紀之丞は、最上階を振り仰ぐと、叫んだ。
「沙世姫さま!これにあるは、唐沢由紀之丞です!ご無事ですか?」
答えはなく、炎が室内を焦がす音だけが響いた。由紀之丞は、夢中で最上階へとわが身を運んだ。
 絢爛たる別世界がそこにあった。
 天井にも壁にも、天女のような仏や蓮華の花が極彩色で描かれ、黄金の金具が柱を彩り、部屋の中央には金蒔絵の厨子が置かれて、開いた扉から弥勒仏が微笑している。そして部屋のあちこちに上がる火の手がそれをまばゆく照らし出しているのだった。だが、由紀之丞には、そんなものは目に入らない。
「沙世姫さま!」
 脱ぎ捨てた打掛を膝で踏み、美少女は髪を乱して、厨子に寄りかかっていた。乾いた虚ろな瞳に、炎が踊っている。由紀之丞の叫びに、わずかに視線が動いた。
「おまえは・・・?血に塗れて、そんなに傷ついて・・・わたくしのために?」
微かな声で呟き、身を起こした沙世姫の顔が悲痛に歪んだ。
「わたくしなどの、ために、たくさんの人が、傷つき、命を散らした・・・わたくしも、たったいま、この手で人を突き落として、殺しました。もう、生きてゆくことなど考えていないのに、なのに、人を殺めた。わたくしなど、生まれてこないほうが、よかった!!」
「ちがいまする!あなたさまのせいではありませぬ!」
叫んで沙世姫に駆け寄り、その手を押し頂いた由紀之丞は、こみ上げる思いを、うまく言葉にすることが出来ない。
「由紀之丞・・・おまえは・・・わたくしを?」
沙世姫の目が大きく開かれ、涙が溢れ出す。由紀之丞は頷き、言った。
「私は、あなた様と、どこまでも、一緒に参ります!」

 黒川が万阿を運んでいくのを見送った鈴は、すぐ近くで湧き上がった叫びに振り向く。
「松次郎様と美香の方様をこれへ放せ、加藤!」
長柄の捕り物用の棒を構えた、圧倒的人数の捕り手が繰り出され、その先頭で設楽と関根秋太郎が指揮を取っている。松次郎を抱えた加藤と美香の方は、数人の剣客だけを護衛に、燃え上がる天守閣の入り口に追い詰められている。
 加藤が歯軋りし、わめき返した。
「設楽主水正、関根秋太郎、おぬしらのような門閥の跡取りに、わしがこの挙にでた志など、わかるまい!家柄に胡坐をかき、才知もないのに藩を指導し、誤った道に陥らせてきた、それがおぬしらだ!」
 
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天守閣の小夜姫つづき

 投稿者:龍3  投稿日:2003年10月 5日(日)23時19分7秒
    第十一話 おさよ鎮魂
    その二
 迫る薙刀に、位置が近かったのは万阿だった。振り向くと脇差を構えて、美香の方を迎え撃つ。間合いが迫り、由紀之丞には咄嗟に何も出来ない。
(美香の方は、確か、天道流の薙刀をかなり使うと聞いた事がある・・・天道流といえば!)
「万阿!その薙刀を受けるな!」
悲痛な思いで由紀之丞は、万阿の後姿に叫ぶ。その時、袈裟切りにしてきた薙刀を、万阿が脇差を立てて受け止めた。美香の方の顔に、勝利の笑みが浮かぶ。次の瞬間、薙刀は脇差の鎬(しのぎ=刀の側面の盛り上がった部分)に沿って鍔元まで切り下ろされる。薙刀の重さに負け、万阿はその動きを防げない。そして、万阿の水月(みぞおち)の前まで降りた薙刀を、美香の方は刃を返しながらえぐり突いた。
 脇差と薙刀の刃がからみ、きしる、歯の浮くような音がして、万阿が身を折り、後方にふっとぶ。
「万阿さま!!」
鈴が、泣き声で叫んだ。倒れた万阿は蒼白な顔で歯を食いしばっている。その左胸から左上膊部にかけて着物が裂け、血が矢絣を染めている。由紀之丞は万阿をかばって立った。
(天道流薙刀の必殺技、「一文字の乱」・・・!)
 「一文字の乱」は、薙刀の刃の湾曲を利用し、剣をよけてからだを突く。避けるのは至難の業だし、えぐられた傷は致命傷をまぬがれない。
 由紀之丞は全身が震えている。怒りとも悲しみとも後悔ともつかない感情が湧きかえり、抑えきれない。万阿の血に濡れた薙刀をかざし、美香の方は酔ったような目をしている。
「なぜ・・・万阿が死ななければならないのだ!」
由紀之丞は絶叫して美香の方に向かって突進した。十分に間合いを見切った美香の方の薙刀が、脇差の届かない距離から由紀之丞の水月を突いてくる。由紀之丞はかわしもせず、右足をあげて、薙刀のけら首(刀身を柄に接続してある部分)を力任せに蹴りつける。薙刀の突きは大きく、ずれた。狼狽した美香の方が薙刀を引き戻そうとしたときには、すでに由紀之丞はその右手を押さえ、のど元に脇差を突きつけている。
「教えてくだされ、なにゆえ、あなた様は、このような企てを・・・」
かすれた声で由紀之丞は詰問する。美香の方は額に脂汗を滲ませながら、なおも昂然と胸をそらす。
「その方の父、関根佳太夫から、喧嘩を売ってきたのじゃ。関根の膳立てした祝言は、松次郎をわらわから奪って江戸屋敷ずまいとし、いずれは沙世姫の毒牙にかけて、亡き者にする陰謀。わらわは、津村家とも気脈を通じ、関根の悪逆をあばいただけじゃ!沙世姫こそ、天守閣に伝わるいまわしき小夜姫そのものであったろうが!」
 由紀之丞はこみ上げる激情を押さえかね、柄が砕けそうなほど握り締めた脇差を、力任せに振った。鈴が目を伏せるが、脇差は美香の方の持つ薙刀の柄を真っ二つに斬り折っただけだった。由紀之丞は美香の方を突き放し、鈴に抱えられてぐったりとしている万阿を見つめてから、ゆっくりと天守閣を振り返る。
「沙世姫さま・・・かくも、この城は、この世は、あなた様に生きがたいものでありましたか!」
内部の木材から炎を吹き始めた天守閣に、由紀之丞はまっしぐらに駆け入ってゆく。
 
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