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ネタがないので旧作改訂
投稿者:
ニコポンスキー
投稿日:2004年 9月 4日(土)01時20分38秒
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改訂版『風立ちぬ―あらかじめ失われた恋人たち―』
あらかじめ失われた恋人よ、一度もやって来たことのない人よ――リルケ
――その匂いを嗅ぐと、ふいにノスタルジックな情感が胸奥に湧きたって、何とも云えない懐かしさに心をとらえられると云うような経験をした事はありませんか――
下校の途上、十月の透徹とした風の吹き渡ってゆく土手を歩きながら転校生の芳山和子はふいにそんな事を訊いてきた。
「そうだなぁ。あたしにも何かそんな香りの記憶がありそうだけど……。すぐには思い出せないなぁ」
花宮雅子はこの美しい転校生の質問の意図をはかりかねて当たり障りなく応えた。
秋の日は短く、陽は足早に散佚するように昏れた。土手の上を迅けぬける川風がふたりの間をひんやりと掠めてゆく。落莫とした夕影は雅子の心にも和子の心にもひとしく仄かな憂いの翳りを落としていった。
「でも、こんな青い夕暮れ時には、あたしも何がなし自責の念に駆られる瞬間があるなぁ――」
そう語る雅子の声はほとんど囁きのようだった。
「おーい、まぁっ!」
背後から突然、弾むような少年の声が揚がった。雅子と和子が同時に振り返る。隣のクラスの唐沢由紀夫が見知らぬ男子生徒と一緒に河川敷の方から駆け上がって来るのが見えた。
由紀夫は息をきらせながら、「今日俺のクラスに転校してきた深町一夫」と連れの少年を紹介した。
紹介された少年は端正な貌に何の表情もうかべず、「深町です、よろしく」と云ったきり、黙り込んだ。
快活なユキに比べ、深町と名乗るその転校生は何処か沈んでいるなと雅子は思った。
「あたしは花宮雅子、通称まぁ。こちらの美少女は先週うちのクラスに転校してきた芳山和子さん」
しかし紹介されたふたりの転校生は、貌を見合わせたとたん、凍ったように立ちつくした。
四人の周りにふいに蒼い風が立った。
しばしの静謐があたりを包んだ。
一瞬、鼻腔の奧に、甘いラベンダーの香りが薫ったように感じて、和子はハっとした。
――そうだ、この匂い――
薄暮に染まった風景のなかで、芳山和子は遠い昔に失った大切な想い出が、今、鮮やかに立ち返ってこようとしている不思議な予感を感じて、凝っと深町の貌を覗きこんだ。
――ゆっくりと、失われていた遠い日の想い出が、優しく、慎み深い眼差しを向けて、今、あたしの胸に立ち返ってこようとしている……君だったの?……いつかあたしが祈るような願いを込めて、自分の魂をその人の魂と同じ高みにまで引き上げたいと切望していた、遠い遠い想い出の中で待っていた人は――
立ちつくす和子と深町を眺めながら、由紀夫は心のなかで――今、見知らぬ運命と運命が邂逅したんだ――と思った。そして雅子に目配せを送ると、和子と深町を残したまま、ふたりで深い夕暮れの中へ歩み出した。
音もなく時が流れ、いつか、残照の最後の輝きに焦がされた空が、ひそやかな夜色の気配をたゆたわせ始めた。
〜FIN〜
【自作解題】
既視感を誘う風景の中で、一切の出来事は嘗て自分が経験した遠い日の記憶だ。
今此処にいるこの私は過去の私によって夢見られた淡い夢想のようにおぼろげで、未来の私が回想する悔い多き人生の軌跡のように儚い。
眼前にいる最も近しい私の半身――最愛の恋人でさえ、夢の中で想起された美しい仮像のように遠いのだ。
恋人たちは常に不在であり、ただ恋の思い出だけが朽ちることなく、永遠に此処に存在している……
“嘗て在り、今在り、未来に在るもの”――ザイスの学徒
“地上とは思い出ならずや”――足穂
“哲学とは郷愁である”――ノヴァーリス
↑
……かくの如き甘美な妄想をもとに綴られた、リルケ風の一編。
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